MARIA RUDMAN

MARIA RUDMAN(マリアルドマン)に初めて会ったのは今から約20年ほど前のパリだった。
それ以前から個人的に愛用していたこともあり、日本からメールを送ったところ、パリの某ホテルのXX号室にいるからそこにX時に来てください。と返事をもらっていた。
MARIA RUDMANはなかなか新規の取引先を増やさないという噂を聞いていたので、アポイントを取れただけでもラッキーだと感じていた。
当時はまだパリにショールームがなかったため、ホテルの一室で取引先に向けたショールームを開いていた。
指定の部屋のドアを緊張しながらノックした先に出迎えてくれた彼女は笑顔の素敵な初老の女性だった。
会ってすぐに彼女の方から
「北海道にはアイヌの文化がありとてもリスペクトしている。その文化が生まれたところでサーミ族によって作られる私のアクセサリーを販売してくれるのはとても光栄なことよ」
と言ってもらい、とても嬉しかったのを今でも覚えている。


コレクションの中でも特に目を引いたのが、「ドゥオッチスタイル」と呼ばれるサーミ族の伝統的な手工芸品で、デザインによって作り手がそれぞれ異なるものであり、僕は一瞬で心を奪われた。
AUTHENTIC LINEと定義されていたドゥオッチスタイルのブレスレットをいくつもオーダーした時に、マリアから、「結構高額なのにそんなにオーダーして大丈夫?!」と初めての取引だったこともあり、とても心配されたことは、今でもマリアとあって昔話をするときの話題に上がるほどである。
あの時のホテルでのオーダーから僕とマリアの取引が始まり、数年が経ったある時、マリアが札幌に遊びに来た際に、僕たちは一緒に白老にあるアイヌ博物館に行った。
アイヌの血統をもった方達と交流した際に、マリアの知るサーミ族の顔つきとそっくりであることに本人はとても驚いており、サーミとアイヌの出自はどちらも未だ不明なことが共通点なことから、遥か昔は同じ民族だったのかもしれないね。と二人で妄想をめぐらせた思い出がある。
博物館の最後には、なんとサーミ族の伝統工芸品が飾られており、サーミ族とアイヌの文化的な交流が現在進行形であることに対して、僕たちが当時札幌でMARIA RUDMANのアクセサリーを扱う意義がとても深いものであると感じられずにはいなかった。
MARIA RUDMANのアクセサリーには厳しい自然環境と共生してきた歴史のあるサーミ族の精神世界があり、そこには魔除けや家族の安全、自然への感謝といった祈りがデザインに込められています。


それは経年変化によってトナカイの革が味わい深く馴染み、錫糸(ピューター)が独自の輝きを増していくプロセスそのものであり、単にアクセサリーとして身に纏う以上の価値があると僕たちは信じています。





ARCHでは最初期から大切にご紹介し続けているアクセサリーではありますが、現在は職人の高齢化などの理由により、なかなかご紹介できる機会も少なくなってきました。
まだ手にしたことのない方は是非このタイミングでご覧ください。
ARCH 山内
















